【解説】ブライアン・ウィルソン公式サイトの未発表デモ

こんにちは、Wataです。

 

新型コロナウイルスの流行によりツアーが相次いで中止された上に、「Feel Flows Box Set」の年内の発売がかなわなかったこともあり、2020年はビーチ・ボーイズにとって話題に乏しい一年でしたが、昨年11月にAllMusicで(何の前触れもなしに)登場した「1970 Release」のページ(現在は削除)で「Feel Flows Box Set」収録曲の約半数・全64曲のサンプルがアップロードされたことを皮切りに、今年4月にはブライアン以外のビーチ・ボーイズのメンバーが集結した「Add Some Music to Your Day」のリメイクが発表され、6月にはニューヨークで開かれたトライベッカ映画祭でブライアンの新作ドキュメンタリー「Long Promised Road」がプレミア上映、さらに今夏にはビーチ・ボーイズおよびブライアン・ウィルソンのツアーが再開されるなど、ビーチ・ボーイズの世界も徐々に平常への回帰に向けて動き出してきたように感じます。また、2019年11月にアル・ジャーディンが初めて言及して

以来ファンの間で待ち望まれていた、1969-71年の未発表音源を集めた「Feel Flows Box Set」も、今年6月に「Feel Flows: The Sunflower & Surf's Up Sessions 1969-1971」として公式に発売がアナウンスされました。しかし、発売予定日が当初の7月30日から8月27日に1ヶ月延期されることが7月初めに発表され、このところファンの間には少なからぬ落胆の空気が広まっていました。

 

しかし、7月20日未明に驚きのニュースがファンの耳に飛び込んできました。

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リニューアルされたブライアンの公式ウェブサイトに新たに設けられた「Timeline」(年表)に、ブライアンの半生や音楽活動の解説、多数の写真と合わせて、全26曲・1時間半余りの未発表のデモがアップロードされたのです。

新たに発表されたデモの録音時期は1976年から2007年までの30年余りに渡り、1980年代なかばにブライアンがゲイリー・アッシャー(Gary Usher)と共作した楽曲など、これまでほとんど光が当てられてこなかった時期の音源が多数含まれています。これまでブライアンがソロで録音した未発表音源のリリースは、

・ソロのデビューアルバム「Brian Wilson」の2000年の再発に収録されたボーナストラック

・2015年の「No Pier Pressure」の18曲入りデラックス盤に収録された、1975年にブライアンが録音した「In the Back of My Mind」のピアノデモ

・2017年のベスト盤「Playback: the Brian Wilson Anthology」に収録された、1990年代半ば録音のアンディ・ペイリーとの共作「Some Sweet Day」

・2020年の「Orange Crate Art」の25周年記念盤に収録されたアルバム全曲のインストゥルメンタル及びボーナストラック

を除き一切なかったため、今回の多数の未発表デモの投稿は非常に画期的であるといえます。

さらに、上にリンクした公式サイトの記事には、以下のようなことが記されており、これからも多数の驚くべき音源が投稿されるとみてよいでしょう:

Timelineは定期的にアップデートされ、新しい音源やビデオが追加されます。ニュースや新しい音源のアップデートを受け取るために、ファンの皆さんにはBrian Wilson.com(のメーリングリスト)に登録することをおすすめします。

 

 

さて、この記事ではTimelineに投稿された未発表デモについて、かんたんな解説を加えていきたいと思います。 

(各楽曲に振ってある番号は、サイトへの登場順に筆者が便宜的につけたものです)

 

①1970年代: 「The Beach Boys Love You」のピアノデモ(1976年)

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Timelineの1970年代のページには、1977年に発売されたビーチ・ボーイズのアルバム「The Beach Boys Love You」のためにブライアンが録音したピアノの弾き語りデモが掲載されています。ブートレグとしてファンの間ではかなり以前から流通しており、1995年のブライアンのソロ・アルバム「I Just Wasn't Made for These Times」にもこの録音から「Still I Dream of It」のデモが収録され、2019年にはブライアンの公式インスタグラムで「Mona」や「Love Is a Woman」のデモの一部が公開されていました。

今回発表された音源は、前述の「Still I Dream of It」のデモよりはるかに鮮明な音質で、より保存状態の良いソースからとられたものと思われます。

 

1. Airplane (Demo)
2. I'll Bet He's Nice (Demo)
4. Love Is a Woman (Demo)
5. Mona (Demo)

The Beach Boys Love You」収録曲のデモです。これらのデモは、Timelineの説明にある通り、1976年の秋にブライアンが新曲を他のバンドメンバーの前で披露したものです。(その証拠に、「I'll Bet He's Nice」の最後にはマイクが放送禁止用語(!)を使って曲を褒める様子が残されています)

シンセサイザーが多用されたアルバムの録音と対照的に、ピアノ一台で披露されたブライアンの演奏は非常に生々しく感じられる一方で、歌詞や曲の大まかな構成*1はアルバム・バージョンとほぼ同じで、既にブライアンの頭の中でこれらの楽曲の最終的な姿が見えてきていたことが推察されます。

「Love You」は私にとっては(「Pet Sounds」と同じくらい)非常に重要な意味を持つアルバムですが、人によってはこれらのデモのほうが好き、という方がいても納得できる録音です。

 

3. Little Children (Demo)

上記の4曲と同じ出所の録音で、1976年当時は「They're Marching Along」という題名で呼ばれていました。ピアノのイントロはどことなくハリー・ニルソン(Harry Nilsson)の「Cuddly Toy」を彷彿とさせますし、「♪Marching along, singing a song」のサビの部分はジョニー・リバース(Johnny Rivers)のヒット曲で、1965年の「Party!」でビーチ・ボーイズもカバーした「Mountain of Love」に酷似しており、当時ブライアンがどのような曲から影響を受けていたのかを垣間見ることができます。

結局この曲は「Love You」には収録されず、ブライアンのソロのデビュー・アルバム「Brian Wilson」(以下「BW88」)に大幅に歌詞を割愛・変更されて収録されました。

 

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 上記の5曲と「Still I Dream of It」のほかにも、このセッションでは「Let's Put Our Hearts Together」(「Love You」に収録)「It's Over Now」*2及び「That Special Feeling」(現在まで未発表)の3曲のデモが録音され、今後これらのデモもTimelineにアップロードされることが期待されます。

さらに、Timelineの解説は「I'm Begging You Please」という別の未発表曲に触れ、「この曲はいくつかのコレクター・テープ(引用者注: ブートレグのこと)に収録されていますが、実際は約2年後に録音されたものです」と記しています。なぜサイト上に掲載されてすらいない未発表曲についてわざわざ注意書きをする気になったのかは大きな謎ですが……

 

②1980年代: ゲイリー・アッシャーとの共作ほか

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1980年代半ばにブライアンはソロでの本格的な録音に乗り出し、ゲイリー・アッシャー(ビーチ・ボーイズ初期に「409」「In My Room」などを共作)とのコラボレーションを経て、1988年には初のソロアルバム「BW88」を発表します。ここでは、ゲイリー・アッシャーとの共作から5曲(6~9・12)、「BW88」のための録音から2曲(10・11)のデモが取り上げられています。

6. Unknown Vocals (Demo - 1986)

この短い録音は、2014年にブライアンの公式Soundcloudにアップロードされたものと同一です。題名の通り公式では「詳細不明」とされていますが、実際は12「Unknown Title」と同じ「So Long」という楽曲で、1988年以降に制作された未発表ソロ・アルバム「Sweet Insanity」の時期に録音されたものであるとされています。(ざっと聴いただけではわかりにくいですが、フェードアウト付近で12曲目の20秒頃から始まるものと同じリフが聞こえてくるのがわかります。)

7. Walkin' the Line (Demo - 1986)

「BW88」で発表されたゲイリー・アッシャーとの共作曲のデモで、2000年の「BW88」の再発盤に収められたものと同じです。

8. Let's Go to Heaven in My Car (Demo - 1986)

「BW88」にさきがけて1987年にシングルのA面として発表され、映画「ポリスアカデミー4/市民パトロール」の挿入歌として用いられた曲です。ゲイリー・アッシャーとの共作のうち、「Walkin' the Line」とともに当時陽の目をみた数少ない楽曲の一つで、「BW88」の2000年再発盤にも収録されました。なお、この曲の冒頭のパートは、1985年のビーチ・ボーイズのアルバム「The Beach Boys」のために録音されたものの未発表となっていた「Water Builds Up」というブライアンの曲から流用されています。

このデモは、どちらかというと「初期ミックス」とでも言ったほうが適切で(これはTimelineの1980~2000年代のページにアップロードされた「デモ」のほとんどに当てはまります)、イントロが異なることと、女声コーラスがないことを除けば、シングル・バージョンとほぼ同じ録音です。シングル・バージョンよりドラムやギターが小さくミックスされベースが強調されているためか、「デモ」でありながらかえって最終版よりも「安っぽさ」が抑えられているように感じられます。

9. The Spirit of Rock 'n' Roll (Demo - 1986)

この曲は1986年のビーチ・ボーイズ25周年記念コンサートで初披露され、その後「Sweet Insanity」のために録音されたボブ・ディランとのデュエットバージョンがブートレグで広く流布したこともあり、長年よく知られた未発表曲の一つでしたが、2006年のビーチ・ボーイズ名義の編集盤「Songs from Here & Back」にブライアンの再録版が収められるまで正式には発表されませんでした。

このデモは後年の再録と比べてずいぶんコンパクトな出来で、25周年記念コンサートで披露された「ライブ録音」は、この録音に歓声などをかぶせたものとされています。

10. Terry She Needs Me (Demo - 1987)

この曲は、2007年にアメリカ議会図書館の著作物の記録から存在が明らかになり、2019年の2月にブライアンの公式インスタグラムに(なんともさりげなく)アップロードされ、初めて聴けるようになりました。題名から分かる通り、この曲は1965年に伴奏、1976年にリードボーカルが録音された有名な未発表曲「Sherry She Needs Me」(2013年の「Made in California」で発表)のリメイクで、1998年のブライアンのソロ・アルバム「Imagination」で「She Says That She Needs Me」という題名でようやく正式発表されました。

Timelineでは「Terry」とされていますが、正しい題名は「Terri, She Needs Me」で、「BW88」のために1987年6月に録音されました。

11. Let's Do It Again

この曲は1983年前後に録音された「Black Widow」という曲のリメイクで、ユージン・ランディーとの共作とされています。「Terri, She Needs Me」と同じ時期に「BW88」のために録音されました。「Black Widow」よりずっとアップ・テンポで、「Night Time」や「Walkin' the Line」のような曲ときっと相性がよかっただろうと思われます。

12. Unknown Title (aka Angel)

 この曲は正式には「So Long」というタイトルで(ブートレグでは「Turning Point」という題名で呼ばれていることもあります)、2004年のアルバム「Gettin' In Over My Head」に収録された「You've Touched Me」の原曲です。

1986年半ばに録音されたこの曲は、シンセサイザーとサックスの味のある掛け合いをはじめ、ゲイリー・アッシャーとの共作の中でも出色の出来といえるでしょう。つくづく今までこのバージョンで発表されなかったことが悔やまれる一曲です。

音質が良いわりに、曲中でテープのノイズのようなものが目立ちますが、いったいどのような状態のソースから取られた録音なのでしょうか……

 

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ゲイリー・アッシャーとのセッションでは、他にも以下のような曲が録音されました。

・「Christine」→ 「Living Doll」として再録され、ビーチ・ボーイズ名義でバービー人形の付録ソノシートとして発表

・「He Couldn't Get His Poor Old Body to Move」→「Love & Mercy」のB面として発表されたのち、「BW88」の2000年再発盤に収録

・「I'm Broke」→ 1990年代に再録されたものが今年公式サイトに掲載(後述)

・「Little Children」→ 「BW88」に収録

・「A Little Love」「All Over Me」「Christime Time」「Heavenly Bodies」「I'm Tired」「Just Say No」「Magnetic Attraction」「Magic」→ 未発表

 

 

 

③1990年代: アンディー・ペイリーとの共作ほか

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1990年代にブライアンはヴァン・ダイク・パークス(Van Dyke Parks)の曲を歌った「Orange Crate Art」(1995)、ビーチ・ボーイズ時代の自身の曲をリメイクした「I Just Wasn't Made for These Times」(1995)、新作アルバムの「Imagination」(1998)の3枚のアルバムを発表しましたが、ここでは当時ほとんど未発表に終わったアンディー・ペイリーとの共作が中心に掲載されています。アンディーとのセッションからの楽曲は、そのほとんどがモノラルでミックスされていることが特徴です。

13. Desert Drive - Track (Demo - 1995)

2004年のアルバム「Gettin' In Over My Head」に収録された同曲のオリジナル・バージョンで、ボーカルはここでは録音されていません。「Salt Lake City」から取られたサックスのリフレインがにぎやかなこの曲を聴くと、まるで1960年代のレッキング・クルーが復活したかのように感じられます……しかし、驚くべきことに、この曲はたった3人で録音されたのです。

ブライアンの公式インスタグラムがこの曲を紹介すると、アンディーの妻ヘザー・ペイリーが以下のようなコメントを投稿しました:

Just saw this - sounds great! That’s my husband Andy on drums, bass, Fender 6-string bass, harpsichord and guitar; Michael Andreas on saxes and Brian on organ. This was produced by Andy and Brian, recorded in Glendale, engineered by Mark Linett. Brian and Andy wrote and recorded a bunch of great material during this period. They weren’t “demos” - they were masters in progress.

このコメントによると、ドラム、ベース、6弦ベース、チェンバロとギターをアンディーが担当、マイケル・アンドレアスがサックス、ブライアンがオルガンを演奏したとのことです。また、ブライアンのアカウントがこの録音を「デモ」と表現したことに関して、ヘザーは「(アンディーとブライアンのこの時期の)これら(の録音)は『デモ』ではありませんでした――これらは製作中のマスター音源でした」と述べています。

 

この曲は、Timelineの宣伝のためにYoutubeにもアップロードされましたが、こちらはステレオの別ミックスとなっています。

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14. Gettin' In Over My Head (Demo - 1995)

同じく「Gettin' In Over My Head」に収録されたタイトル曲のオリジナル・バージョンです。ジョー・トーマス(Joe Thomas)が1998年にプロデュースしたバッキング・トラックを用いた2004年版とは異なり、この曲はブライアンのソロ活動の中でおそらく最も「Pet Sounds」の時期の録音に近い感触がします。この時期の録音に特徴的な朴訥としたボーカルも相まって、ここ数十年でブライアンが録音した楽曲の中でも特に心打つ一曲といえます。

15. I'm Broke (Demo - 1995)

この曲は、はじめゲイリー・アッシャーとの共作として1980年代半ばに作曲・録音されましたが、ブライアンがユージン・ランディーとの関係を断ち切ってまもない1992年夏にアンディー・ペイリーとのセッションの一環として再び録音されました。「お金がない」ときのヤケな気持ちを的確(?)に捉えたこの曲は、どうもブライアンのお気に入りのようで、2015年のライブでも演奏されたことがありました。その後、2019年には公式インスタグラムに投稿されましたが、今日まで正式に発表されたことはありませんでした。

16. Saturday Morning in the City (Demo - 1995)

なんだかNHKの「みんなのうた」に登場しそうな曲ですが、この曲のルーツは意外にも1960年代にまでさかのぼります。ブライアンと作詞家のスティーブン・カリニッチ(Stephen Kalinich)は1968年(一説には1975年)に「Grateful Are We for Little Children」という曲を共作し、その後「BW88」のセッションでブライアンとアンディー・ペイリーはこの曲の歌詞を変え「Saturday Morning in the City」「Saturday Evening in the City」の2曲を録音しました。そして、1990年代のアンディー・ペイリーとのセッションで再び録音されたのがこのバージョンです。

2004年の「Gettin' In Over My Head」に収録されたものも、ボーカルは録り直されていますが、このバージョンを下敷きにしています。全体的に、ここで聴けるボーカルのほうが、もっとブライアンの覇気を感じさせる出来になっています。

17. Soul Searchin' (1995)

カール・ウィルソンが生前最後のリード・ボーカルをとったこの曲は、ブライアンが1990年代に書いた代表曲といえるでしょう。はじめコーラスをすべてブライアンの多重録音に差し替えたものが「Gettin' In Over My Head」に収録されたあと、2013年にビーチ・ボーイズのコーラスをそのまま収録したものが「Made in California」に収められました。

ここに掲載されているものは、他の掲載曲やこの曲の過去のバージョンと比べても非常にこもった、強くコンプレッサーをかけたような音質になっていますが、演奏自体には「Made in California」に収録されたものと大きな違いは感じられません。

 

18. You're Still a Mystery (1995)

同じくビーチ・ボーイズがコーラスを担当し、「Made in California」で初めて発表されたこの曲は、ここではブライアンのリード・ボーカルが1998年前後に録音されたものから、その前にアンディー・ペイリーとのセッションで録音されたものに差し替えられています。また、フェードアウトが約20秒ほど長く聴けます。貴重なバージョンであるだけに、前曲と同様に音が非常にこもっているのが残念でなりません。

 

19. Sunshine (Demo - 1997)

「デモ」と表記されていますが、「Imagination」に収録されたものと同じ録音で、「別ミックス」とでも銘打ったほうが適切でしょう。アルバム・バージョンではミックスから除外されているギターが聞こえ、特にアウトロのエレキギターには驚かされます。「Imagination」はブライアンの以前の録音に比べてどこか生気に欠ける印象がありますが、この活気にあふれた「デモ」を聴くと、「Imagination」ではもとの録音を尊重し、あまり手を加えすぎないほうがよかったのではないかと感じます。

 

 

④2000年代: 「Brian Wilson Presents SMiLE」のセッション &「That Lucky Old Sun」のデモ

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20. Child Is Father of the Man/Easy My Child (Recording Session)
21. Surf's Up (Recording Session)

2004年に発表された「Brian Wilson Presents SMiLE」の収録曲2曲の録音風景及びバッキング・トラックが掲載され、録音風景のなかには、ブライアンが直接指示を出す様子なども収められています。

22. Good Kind of Love (Demo - 2007)
23. Forever She'll Be My Surfer Girl (Demo - 2007)
24. Live Let Live (Demo - 2007)
25. Midnight's Another Day (Demo - 2007)
26. Goin' Home (Demo - 2007)

2008年に発表された「That Lucky Old Sun」の収録曲のデモです。

 

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これらの未発表デモのソースとなった「2つの編集盤」

前述したように、Timelineにアップロードされた「Soul Searchin'」と「You're Still a Mystery」には「非常にくぐもった音質」という共通点があります。このことから、この2曲が同じソースからとられたものであることは容易に推察できるでしょう。

さらに、他のデモを注意深く聴いてみると、いくつかのトラック――例えば「Unknown Title (aka Angel)」や「I'm Broke」など――の最後に、まったく別の曲の(1秒くらいで切れてしまう)さわりの部分や、録音のカウントが聞こえるのがわかります。(「Desert Drive」の最後には、明らかに「This Songs Wants to Sleep with You」*3のイントロとおぼしき音が聞こえてきます)

「The Spirit of Rock 'n' Roll」などでイントロがわずかに切れてしまっているように、これはアップロードを担当した人の(はっきりいって)雑な仕事が原因ですが、この不手際から偶然にも読み取れることが一つあります。それは、これらの未発表デモの大半が、ブライアン(のプロモーションチーム)の手元にあると思われる「2つの編集盤」から取られたのではないかということです。

このことを裏付ける証拠があります。アップロードされたファイルのプロパティを見てみると、「You're Still a Mystery」「Soul Searchin'」の2曲は、「Wilson/Paley Session」(発売年のタグ: 1994年)というアルバムに紐付けられており、それぞれ15・16とトラック番号が振られています。

また、Timelineの1970年代-90年代のページに投稿された上記2曲以外の全曲が「Brian Wilson Personal Songs」(発売年のタグ: 2012年)というアルバムに紐付けられています。(こちらにはトラック番号は振られていません) これとは別に、「That Lucky Old Sun」からのデモは「That Lucky Old Sun (Demos) 」(発売年のタグ: 2008年)というアルバムのタグが付いています。

 

これらのプロパティから、今回公式サイトにアップロードされたデモは以下の4つのソースから取られたと推測できるでしょう:

①少なくとも1970年代-90年代をカバーし、「Love You」のピアノデモやゲイリー・アッシャー、アンディー・ペイリーとの共作曲などを集めた、音質の鮮明な「Brian Wilson Personal Songs」(総収録曲数不明)

②アンディー・ペイリーとの共作曲を少なくとも16曲収録した、音質のこもりの激しい「Wilson/Paley Sessions」

③「That Lucky Old Sun」の収録曲(おそらく全曲)のデモを集めた「That Lucky Old Sun (Demos)」

④「Child Is Father of the Man」「Surf's Up」のセッション音源を収めた詳細不明のソース

また、将来Timelineに追加でアップロードされるデモも、これらのソースからとられたものとなることが予測されます。

発売年のタグが示すところは明確には分かりません――ソースとなった編集盤が編纂された年であるかもしれませんし、あるいは単に便宜的に付されたものに過ぎない可能性もあります。しかし、「Brian Wilson Personal Songs」のタグが示すように、これらの音源が実際に2010年代前半にまとめられたことを示唆する情報があります。ビーチ・ボーイズの季刊ファン雑誌「Endless Summer Quarterly」のアンドリュー・ドウ(Andrew G. Doe)によると、ここにアップロードされた曲と同じ曲目の編集盤が2014年の9月に計画されていたというのです。この計画が当時実を結ばなかったことは残念ですが、こうして陽の目を見つつあるのは喜ばしい限りです。

 

おわりに

冒頭で触れた通り、ビーチ・ボーイズの世界は今年初めから急速に動き出し始めています。今年2月にビーチ・ボーイズはその知的財産権アーヴィン・アゾフ(Irving Azoff)率いるアイコニック・アーティスツ・グループ(Iconic Artists Group)に売却し、アーヴィンは来年の結成60周年に向けてドキュメンタリー、巡回展示会、トリビュートショー、さらにはビーチ・ボーイズの再結成ライブなどを計画しています

また、6月にプレミア公開されたブライアンのドキュメンタリー「Long Promised Road」を現地で観た人によると、映画の中では新曲「Right Where I Belong」や「Long Promised Road」のブライアンのカバーのみならず、アンディー・ペイリーとの共作「Must Be a Miracle」や、「Feel Flows」に収録される予定の「Awake」のピアノデモなども披露されたといいます。(このドキュメンタリーは、来年一般公開される予定です)さらに、今年6月中旬にはブライアンがスタジオ入りしました。

これら一連の動きや「Feel Flows」の先鞭をつけるように今回発表されたブライアンの未発表デモに、これからどのような驚きが私たちファンを待っているのか、期待が高まる思いです。

 

 

 

*1:例外としては、「Airplane」のアルバム・バージョンでは

My lover is waiting at the airport/Soon she'll be kissing me hello

となっているところが、こちらのデモでは、

My girlfriend is waiting at the airport/I hope she kisses me hello

となっていることなどが挙げられます。

*2:1977年の未発表アルバム「Adult/Child」のために録音されたあと、1993年のボックス・セット「Good Vibrations」で正式発表されました。更に、2013年のボックス・セット「Made in California」にはピッチを修正した別ミックスが収録されました。

*3:アンディ・ペイリーとの共作で、1995年のシングル「Do It Again」のB面として発表